なぜぼくは、昔から文章を書いているのだろう。

その答えが分かった気がして嬉しい。ぼくは、いつも大切な人に向けて書いているんだ。手の届かない推しメンに向けて。同じ志をもつオタクに向けて。そして今は、恋人に向けて。対象は違えど、ぼくは昔も今も、大切な人のために書いている。

今朝は少し冷え込んだから、初夏のような陽射しが気持ちよかった。さすがに一万歩もあるくと半袖でも暑かったけど、一日を通してみればなんと過ごしやすい日なんだと思った。

一週間なんとか乗り越えたと実感したのは、恋人と顔を合わせたとき。「今日もいい日になりますように」と、青空に向かって小さく祈ってみた。

思えば、昭和記念公園に誰かと来たのは初めてかもしれない。もう何回も、何十回も来ているのに、ずっと一人だった。だから、「もうチューリップは終わったかな」とか「ここは人気なんだよ」とか、得意げに話している自分が新鮮だった。

昭和記念公園の歩き方はだいたい決まっていて、日本庭園が折り返し地点になっている。変わらない風景なのに、なぜいつもカメラのレンズを向けてしまうのだろう? たとえ曇っていても、ぼくは絶対にシャッターを切る。ここに何があるというのだろう?

きっと、こういう「不思議」は、語りすぎないことが大切なんだと思う。語ると、消えてしまうものがある。それを教えてくれたのは秋元康さんと、哲学者のウィトゲンシュタインだった。

恋人といると、力がどんどん抜けていくのが分かった。そしてついに、濃いめのルワンダを飲んだ瞬間、強烈な眠気がぼくを襲った。いや、「襲う」というと否定的なので、「包み込んだ」ということにしておこう。

明日からまた、はいつくばる日々が始まる。だけど、一週間もすれば、ぼくは再び恋人と会えるんだ。自分にとって第二のふるさとのような場所で二人、同じ景色を目にすることができるはず。そう思うと、ちょっとだけ勇気が湧いてきた。

怒られても、けなされても、理不尽なめにあっても、ぼくはぼくの岸辺で生きていくだけだから。

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bic
水急にして月を流さず。せわしい日々の中で見つけた、心身を整えるアイデアたちを集めています。