ぼくの人生のコンセプト

快晴の日曜日。朝はいつものスタバでコーヒーを飲み、美容院までの空き時間には散歩をしました。いつもとはちょっと違う道を歩く。今読んでいる雑誌によると、それだけでドーパミンが分泌されるみたいです。

地元の神社

夕方には、地元の神社にお参りをしました。片道徒歩15分の道のりは、それこそ脳をリフレッシュするにはちょうどいい距離です。

最近いろいろな神社に行く機会があるのですが、境内に一歩入ると、空気感が変わるのが分かります。人が少ないと、その空気感をより一層つよく感じます。からだにまとわり付いた緊張が、すーっと吸い込まれていくような。強い風が吹いているはずなのに、周りを囲む大きな木々が、ぼくたちを風から守ってくれる。

科学技術が過剰に発展した今の時代にあっても、ぼくたちが神社に背を向けることは決してない。これはとても神秘的なことだと思います。

「今週もありがとうございました。来週も無事に過ごせますように。」

小さな祈りを、大きな空に向かって願う時間は特別です。

人生のコンセプトは名前で分かる説

松浦弥太郎さんの本に、「人生にはコンセプトを」という小見出しがついていました。

ぼくはこれまでに、ブログのコンセプトを考えたことはありますが、自分のコンセプトを考えたことはありませんでした。

いったい人生のコンセプトは、どうやって考えればいいのでしょうか。そう思って知恵の海(インターネット)を探してみると、「人生のコンセプトは、これですぐわかる。」というnote記事を見つけました。

記事によれば、人生のコンセプトは「自分の名前」に隠されているといいます。なるほど、たしかに名前には意味が込められていますよね。そこで、親から聞いたことのある話と、自分のMBTIをAIに聞かせてあげました。

(名前の一文字目は)川の流れに頭(自ら)を任せる様子を表しており、無理に逆らわず、物事の道理や本質を見極めて進むことを意味します。
(名前の二文字目は)「落ち着いている」「ゆとりがある」という意味を持ちます。
線で見れば「他者との境界線を愛で満たし、心地よい距離感をデザインする」という、非常にクリエイティブな役割です。

信じるか信じないかは自分次第ですが、ぼくはこの考察が気に入りました。しかも、ぼくのペンネームである「bic」も、バリ島の言葉で「大きい(中身も伴った大きさ)」を意味しています。なんだか似ていませんか?

持ち上げすぎるくらいでいい

「他者との境界線を愛で満たし、心地よい距離感をデザインする」。あらためて読んでみると、ちょっとぼくのことを持ち上げすぎているような気もします。

でも、持ち上げすぎるくらいがちょうどいいのでしょう。なぜならこれが、ぼくたち人間とAIの距離感なのですから。

ブロガー。松浦弥太郎さんのように生きたい30代。ポジティブな考え方と行動を記録しています。

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